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【訃報】愛猫がなくなりました。今日は思い出や昔話をします
2019/07/02 13:46
うちのラオウさんが逝きました。
アメリカンショートヘアーの♂オスでした。
享年15歳。
人間にして76歳くらいでしょうか。
7/1の朝
横たわったまま、眠っているかのように安らかに息を引き取りました。
以前通院してた時に検査の結果として大きな病気はなかったので、死因は恐らくですが老衰となります。
つらく悲しい気持ちはまだありますが、ペット葬儀の業者さんに来ていただき
最後の別れを終えたところで少しだけ気持ちの整理もつきました。
時間をかけて悲しみを乗り越えなければなりませんね。
悲しみやつらさから逃げずにあえて受け止める事が大事なのかもしれないですね。
今日はラオウとの出会いから思い出なんかを綴りたいと思います。
15年前のあの日
東京に住んでいる時に通っていた美容室がありました。
hair make quaint
※写真はオフィシャルHPより拝借しました
もちろん今もお店は健在です。
高円寺から徒歩数分の商店街にありますので、お近くの方はぜひ行ってみて欲しい美容室です。
確か2003年の終わりくらいだったかと思います。
俺が上京して、初めての美容院を探そうと
近所の商店街をウロウロしながらこの看板とオシャレな店構えを見た時に
「すごく変わった雰囲気のお店だなぁ」と感じたのが第一印象でした。
古びたお店が並ぶその商店街にひと際目を引くこの独特な美容院。
俺は導かれるようにドアを開きました。
「予約とかしてないんですけどイケますか?」
「ええ、もちろん!どうぞどうぞ!」
カズさんとヤヨイさんという美容師夫妻が経営するこの「quaint」は
オープンしてまだ1か月も経たないお店との事でした。
俺のラオウとの出会いはこのお二人無しでは語れません。
「どうぞ、お座りください」
そう言われ、オシャレなテーブルとチェアへ案内されます。
「え~っと…コーヒーでいいですか?」
「え?あ、はい…えっ?」
まさか美容院だと思って入ったお店でコーヒーが出てくると思ってなかったもんで
「(あれ?もしや喫茶店だったかな…?いやまさか?)」
と、戸惑いつつも、おいしそうなエスプレッソが運ばれてきます。
「この辺にお住まいですか?」
「ええ、最近引っ越してきたばかりで初めての美容院探しを…」
「なるほど、どこから上京されたんですか?」
「滋賀県です」
「あら、僕も地元は滋賀なんですよ」
旦那さんのカズさんは滋賀出身という事で同郷でした。
それから美容院がオープンしてまだ間もないという事から
夫妻の今までの美容師としてのヒストリーや
俺がバンドで上京したという事
それから音楽の趣味の話を3人でエスプレッソ片手に語りました。
話も盛り上がり、1時間近くおしゃべりした後に
「で…今日はどうする?カット?」
と、やっと本題に入ります。
「あ、そうかすっかり髪切りにきた事を忘れてた」
そんなこんなで東京で初めて訪問した美容院はセンセーショナルな幕開けでした。
しかも美容師としての腕も間違いナシ。
持前の集中力と器用さ、好奇心の旺盛さ、どれを取ってもリスペクトできるお二人でした。
最新の流行にも敏感でオールドファッションにも詳しいので髪型に関してもいろんなアレンジの提案をしてくれます。
バイクにも興味があるらしく、最後に見た時はカズさんはハーレーでヤヨイさんはカブに乗っての通勤でした。
知識量が半端なく、どんな話をしてても面白い。そんな独特な美容院。
※写真はおそらくヤヨイさん
最初にquaintで髪を切ったその日の帰り。
カズさんが「これ、持っていきなよ」と言って
ピストルズの確か「ノーフューチャー」のVHSを貸してくれました。
※参考
確かこれのビデオだったと思うんだけど…
ピストルズのドキュメンタリー映画だった事は間違いない。
俺がパンクスだったから「これまだ観てないなら貸してあげるよ。返すのはいつでもいいから」と。
初めて入った美容院でそこまでフレンドリーにしてもらえるなんて思ってなかったし
東京ってもっとコンクリートジャングルなイメージがあったもんで
何かすごく心温まるというか、ほんわかした気持ちになりました。
もちろんそのまま常連に
ピストルズのビデオも返却し、カットしてもらいに行くたびにエスプレッソ片手に談笑。
「新しいエスプレッソマシーン買ったから、試しに飲んでみてよ!」とか、そういうフレンドリーな感じです。
俺がコーヒーの味にこだわるようになったのもここの影響があるかもしれません。
今度は俺が「最近初めてパソコンを手に入れて、HPってやつを作ってみたいんです」という話をしたところ
「へ~トッシーもWEBに興味あるんだぁ?」と言いながら、今度は「Photoshop入門」と「Dreamweaver入門」みたいな本を貸してくれました。
HP作成ソフトと画像加工ソフトの入門書の事です。
カズさんは当時、別名「mac店長」とスタッフからあだ名をつけられるくらいにPCマニアだったのです。
お店にはデカいディスプレイのmacが置いてあったけど、今はどうなってるだろうか。
HPの作り方や当時はフラッシュ全盛期だったので、そういう話でもよく盛り上がりました。
俺が本格的にWEBデザインに興味を持ったり知識をつけられたのはカズさんの影響も大きいかもしれません。
quaintでは映画観賞会なんかも始めて、俺も1回参加させてもらった記憶があります。
お店をクローズした後に店内を暗くして巨大プロジェクターで映画鑑賞をする会です。
参加や飲食物の持ち込みは各自で自由。そんなアットホームすぎる美容室です。
カットに行けばおしゃべりがメインだから一日がかりくらいの勢いで美容院に入り浸る感じになるし
何も用事がなくてもフラっと立ち寄って談笑して帰る、みたいなそんな日々が続きました。
他のお客さんもそうです。
「そこでコロッケ安かったから」とか「たまたまこれもらったからみんなで食べません?」みたいな感じで立ち寄っていろんなお土産を持ってきて
スタッフやお客さんみんなでテーブルを囲んで談笑する。
そんな毎日がquaintのスタイルです。
お客さん同士の友達の輪もどんどん広がっていきます。
気づけばカズさんとヤヨイさんとはプライベートで焼き肉を食べにいくような仲になっていました。
運命の2004年4月
俺が東京に引っ越して来て半年くらいが経とうとしてる時でした。
いつものようにquaintへ立ち寄ると
「お、トッシー!いいとこに来たね、猫飼わない?」と、藪から棒にカズさんとヤヨイさんに詰め寄られます。
「えっ?猫ですか?興味ないなぁ…」
「まぁそう言わず!一度写真だけでも見てみてよ!」
そんな感じでお見合いでも進めるオバハンのようなノリでカズさんはレジ横にあるmacのバカデカいディスプレイで
「アメリカンショートヘアー 写真」と検索を始めるのです。
すると…出るわ出るわ、可愛い子猫の写真たちが。
「おぉ…これは…かわいいですね…」
俺の心が大きく揺れた瞬間でした。
「弟夫妻が飼ってるアメショーが子猫を4匹産んだから、そのうちの1匹を引き取らない?」との事でした。
そしてお店が終わった夕方頃からカズさんとヤヨイさんと弟さん夫妻の家へ行き
初めてのご対面。
それがラオウさんとの初めての顔合わせです。
手に乗るんじゃないかってくらいに小さく、ずっと部屋中を走り回ってる元気なオスの子猫でした。
「よしお前は男前だから、そのまま男前に強く元気に育つようにラオウや!」
そう言って、俺はラオウを連れて帰る決意を完全に決めました。
俺は猫どころかペットすら今まで飼った事もなかったもんで、すぐに本屋へ行って「猫の飼い方」みたいな初心者向けの本を購入しました。
トイレの用意や水と餌の用意、壁紙を守る為のシート、おもちゃ等あらゆる準備をすぐに済ませて
仕事が終わったらすぐに家に帰る。
そんな幸せな毎日が続きます。
家に来てすぐの頃のラオウさん。
いつも走り回ってる元気な子猫でした。
箱や袋とかにすぐ入りたがるヤンチャな子猫です。
一日の大半は眠って
起きてる時は常に暴れん坊な子でした。
半年を過ぎた頃に去勢手術をし
術後の経過もよくちょっとはおとなしくなるんかなと思ってたら
相変わらずの暴れん坊ぶりは健在でした。
1歳の誕生日を迎えたラオウさん。
首輪は手作り。
この手作りでの革細工を始めたきっかけもカズさんとヤヨイさんの後押しがあったからです。
お二人のDIY精神がレベル高すぎて、何でも自分らでオリジナルでやっちゃう人達なので
俺もかなりインスパイアされました。
ピラミッド鋲の首輪も作ったけどこれはちょっと苦しそうだったからボツでした。
何事にも動じない強いメンタルのラオウさん。
こうして昔の事を思い出したり、思い出が蘇ってくるとやっぱつらいですね。
15年も一緒にいれば本当にもう家族ですよね。
赤ちゃんが高校生になろうとするくらいの年月ですからね。
ラオウがもうすり寄ってこない、鳴き声が聞こえない、ジーンズの裾が毛だらけにならない
もうそんな静かな部屋で今これを書いてます。
もうこのマヌケ面を二度と見れないんですね。
東京から大阪へ引っ越してしばらくした頃でした。
ラオウはよくF.L.U.T.D.になりがちでした。
Feline Lower Urinary Tract Disease…猫に多い下部尿路疾患です。
膀胱炎や尿路結石の疑いで何度か通院する事もありました。
その辺りの事も既に勉強はしてたので、小さい頃からずっとドライフードをあげて水も多く飲ませるようにはしてました。
通院中は嫌がる薬も何とか飲ませ続け、水分も多く取らせるようにいろいろと工夫が必要です。
病気も克服して約8~9年の間は大きな病気もなく元気に過ごせました。
去年の3/31、誕生日プレゼントのおやつにとびつくラオウさん。
今年の誕生日も無事に迎えました
が…
ちょうどその頃に目の瞬膜が突出し、同時に血尿気味だったので通院を再開。
次第に足を引きずって歩くような仕草があったり、どんどん弱っていくラオウさんを毎日見るのもとてもつらかった。
水はよく飲んでましたが少しずつ餌を食べる量は減ってました。
検査での結果は特に病気もなかったので、苦しまずに安らかに眠るように息をひきとったのがせめてもの救いかもしれません。
こうして高いところにも元気に登れてたのに
だんだんとジャンプすらもできなくなっていくラオウさん。
俺なんかと15年も一緒に生活してて幸せだったのだろうか?
ちゃんと生涯に一遍の悔いなく逝けたのだろうか?
カズさんに連絡して
「ラオウが息をひきとりました」と伝えました。
「そうか、ラオウさん逝っちゃいましたか…」と返事がありました。
そしてあの時4匹産まれたうちの他の兄弟も数年前に亡くなっていた事を知りました。
ペットの葬儀業者の方も本当にいろいろと対応よくしてくれて
ラオウを送り出す事ができました。
大阪市内のお寺に納骨され、お参りにはいつでも行けます。
何かふと目を閉じればすぐそばにまだラオウさんがいるような気がして
すぐそこでゴロゴロと横になってるような気がして、まだ苦しい気持ちはありますが。
この悲しみを乗り越えていきたいと思います。
ラオウありがとう。
最後の最後までありがとう。
失ったものの大きさは、得たものの大きさでした。
R.I.P
ラオウ
2004/3/31~2019/7/1
Thank you for everything.
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きっと、ラオウくんは、幸せ?だったでしょう。
でも、さみしいですね。
あーちゃんさん>
幸せだったと思いたいです。
いつかこの日が来るとは思ってたけど、やっぱり寂しいものですね。
毎日のようにラオウの思い出が蘇ってきます。
お久しぶりです。覚えてますか?
ラオウくん凄く幸せに過ごせてたと思います。
私も去年15年一緒に生活してきた猫がいってしまいました。
だんだん弱っていく姿に毎日覚悟しなきゃと思いながらなかやか。 未だに他の猫を見ても思いだし涙が出てきます。
tossyさん、元気出して下さいね。
突然メッセージすみませんでした。
なんとかなるさん>
お久しぶりです!元気でしたか?
やはりペットとはいえ、家族同然ですからね…きついですよね。
ありがとうございます、俺は何とか元気です。
責任持って最期を看取れただけでも救われました。